白山登山口
白山神社は天文2年(1533年)当地の豪族赤井氏によって白山山麓に創建せられ、文禄元年(1592年)山頂に奉斎したと伝えられる。祭神は菊理媛神・伊耶那岐神・伊耶那美神であって、加賀の白山を神体山として鎮祭する白山比盗_社の御神霊を勧請したと伝えられる。例祭日は6月14日から八朔(8月1日)に変わっているが、宵宮から当日にかけては参詣者が多く、古くは、山南町や播州から山越えの尾根伝いに詣でたものである。祭神はその御事績から結びの神・下の病の神として崇められ、下の病すなわち「瘡」と同音相通する「笠」を供えて祈願する習俗がいまも残っている。昭和28年、山麓に現在の社殿を造営し奉斎した。赤井為家が築造した後野城の砦はこの付近にあった。また、神社を創建したと伝えられる赤井伊賀守忠家の墓は、社の東方、現在の谷村伊賀町にあるが、異見もある。後野城は天正7年(1579年)6月明智光秀の軍によって落城している。
黒井城主荻野(赤井)氏発祥の地
白山登山口 白山神社
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